静岡アピール

千年都市・静岡を育む「奇跡の清流・安倍川」を世界へ

清流の都・静岡は、日本列島の中央に位置し、3,000m級の山々が連なる南アルプスの広大な山間地域を背景に、日本一深く急峻な水深2,500mの駿河湾に注ぐ安倍川に育まれた千年都市です。

この安倍川は、脆弱な地質構造である日本列島を代表する大崩壊地の「大谷崩れ」に源を発する日本屈指の急流河川であり、大量の土砂を流し、静岡平野の扇状地と三保半島にまで至る静岡市の基盤を形成しました。

安倍川下流の登呂遺跡は、弥生時代後期の稲作文化を今に伝え、8世紀には、この地に国府が置かれ、古代日本における駿河国の中心都市として、その後の発展の礎を築きました。

近世への転換期の日本では、「駿府」と呼ばれたこの「静岡市」が重要な地位を占め、江戸幕府の始祖である徳川家康が、晩年にこの駿府から天下を治めました。家康は、大規模な土木工事により安倍川の流路を変え、その水を「駿府用水」として利用することにより、今日に至る清流に恵まれた城郭都市・駿府の骨格が形成されました。

現在の静岡市は、山、川、海に至る安倍川流域の全体を行政区域に収め、安倍川とともに更なる持続的な都市発展を目指しています。

広大な森林地域で涵養された清らかな水は、特産のお茶やわさびなどの農作物を育み、砂礫層に蓄えられた豊富な伏流水は、「自然のダム」となって、市街地の地下水や湧水として人々の生活を潤します。そして、森林の栄養分は安倍川によって駿河湾に運ばれ、さくらえびやシラスなどの海の恵みをもたらしてきました。

一方、ひとたび雨が降ると安倍川は暴れ川と化し、人々は、洪水や土砂による脅威から自らを守るため、薩摩土手の築造が家康により始められ、以来連綿と治水事業に取り組んできました。

現在の静岡市の水管理政策では、健全な水循環と生態系を保全しつつ市民の経済的・社会的な福利を向上させる持続可能な発展のため、安倍川を市民共有の財産と意識し、国や県の法令等に基づく広域的な規制等を踏まえ、市が独自に、協働の理念に基づき、安倍川の特色を活かした取り組みを行っています。
 安倍川の清流を保全するため「清流条例」を制定し、安倍川の恵みを享受している農業協同組合や森林組合との間で清流保全協定を締結するとともに、市街地における下水道整備はもとより、上流部における排水処理施設の整備促進や、市民による清掃活動等を支援するアドプトプログラムを行っています。

また、森林が有する水源涵養機能を保全するため「森林環境基金」を創設し、森林の整備と保全のための事業を、基金を財源として持続的かつ計画的に推進しています。

これらは、河川の自然的特色に配慮しつつ、流域住民の自主的取組を促すような管理方策を実施していくことが、水管理政策推進のために重要であるとの認識に基づくものであり、安倍川に育まれてきた静岡市の歴史的背景から生まれた川との共生意識に根差すものです。

安倍川は、「清流の都・静岡」の母なる川です。流域住民は、いにしえより安倍川からの恵みを享受し、あるいは洪水や土砂の脅威を克服しながら、持続可能な水循環管理の思想を育み、川との共生を意識して悠久の歴史を刻んできました。

そして現在、人口や産業・経済が集積し、大都市として躍動する静岡市を貫流することとなった安倍川が、今もなお日本一の清流を誇っている姿は、安倍川を支え、共に命を繋いできた人・都市・社会との共生の歴史の賜物であり、日本のみならずアジア・太平洋地域における一つの奇跡とも言い得るものであります。

我々は、この清流・安倍川における水管理政策を、千年、二千年にわたる持続的な都市発展の一つの実例として広く紹介させていただくとともに、今回の第1回アジア・太平洋水サミットを契機として、アジア・太平洋諸国の各地方自治体間の連携の強化を図り、それぞれが住民に最も身近な自治体としての役割を活かし、身近な水問題の発見と解決のために貢献していくことを強く願うものです。

平成19年11月7日

千年都市・静岡を育む「奇跡の清流・安倍川」を世界へ

関連データ:千年都市・静岡を育む奇跡の清流「安倍川」パンフレット【pdf】